大判例

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東京地方裁判所 昭和44年(特わ)421号 判決

本店所在地

東京都江東区佐賀一丁目七番一号

株式会社 丸市商店

(右代表者 城ノ戸英雄)

本籍

愛媛県大洲市八多喜町甲一二五番地

住居

東京都中野区東中野二丁目一五番九号

会社役員

城ノ戸英雄

明治三九年五月一九日生

右両名に対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検査官秋田清夫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告株式会社丸市商店を罰金一、三〇〇万円に被告人城ノ戸英雄を懲役六月にそれぞれ処する。

但し、被告人城ノ戸英雄に対し、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告株式会社丸市商店は、東京都江戸区佐賀一丁目七番一号(ただし、昭和四一年二月一五日以前は同都同区深川佐賀町一丁目二四番地)に本店を置き、農産物、飼料、肥料の移輸入、国内販売並びに東京穀物商品取引員としての商品取引等を営業目的とするものであり、被告人城ノ戸英雄は、右被告会社の代表取締役として同会社の業務全般を統轄していたものであるが、被告人城ノ戸は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するとともに架空仕入を計上するなどして簿外預金を蓄積する等の不正の方法により所得を秘匿したうえ

第一、昭和四〇年六月一日から同四一年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が九、二〇二万六、〇〇〇円であつたのにかかわらず、同四一年七月二九日同都江東区猿江二丁目一六番一二号所在所轄江東西税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四、三〇二万九、〇六三円で、これに対する法人税額が一、四八八万六、八五〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額三、三〇一万二、四〇〇円と右申告税額との差額一、八一二万五、五五〇円を免れ、(逋脱所得の内容は別紙一修正損益計算書記載のとおり)

第二  昭和四一年六月一日から同四二年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が二億六、六一万五二三七円であつたのにかかわらず、同四二年七月三一日前記所轄江東西税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億八、六四七万九五八八円で、これに対する法人税額が六、一〇二万八六〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて同会社の右事業年度の正規の法人税額八、九〇七万六〇〇円と右申告税額との差額二、八〇四万二〇〇〇円を免れ(逋脱所得の内容は別紙二修正損益計算書記載のとおり)たものである。

(証拠)

1  被告人の質問てん末書三通および検察官調書四通

2. 被告人作成の上申書 六通

3. 登記簿謄本 二通

4. 大西澄夫の検査官調書 二通

5. 同人作成の「荷粉の簿外売上について」と題する上申書

6. 俵和子の検察官調書三通

7. 同人作成の上申書三通(「売上金額の過少計上について」「櫛田商店に対する荷粉の売上について」「簿外雑収入及び簿外経費について」)

8. 俵康高作成の「荷粉の簿外売上について」と題する上申書

9. 林進之助、釜池武雄、高井乕雄、平尾民保、祖母井弘澄、深沢伸吉、深沢義二の各質問てん末書

10. 森島清孝作成の簿外売上金額調査書

11. 柳沢忠幸作成の報告書 三通

12. 森島清孝作成の過少売上金額調査書

13. 右同 売上金額の過少計上調査書

14. 右同 架空売上金額調査書

15. 右同 簿外荷粉売上金額調査書

16. 右同 架空仕入金額調査書

17. 右同 簿外先物取引益調査書

18. 右同 簿外経費調査書

19. 右同 未払事業税調査書

20. 右同 簿外銀行預金利息調査書

21. 右同 割引債券の償還利益等調査書

22. 右同 簿外預金調査書

23. 右同 有価証券取得金額調査書

24. 預り金勘定伝票一綴(昭和四五年押第六六号の一)

25. 預り金勘定伝票一綴(同二)

26. 売上勘定伝票三綴(同三)

27. 委託先物取引勘定元帳二冊(同四)

28. 仲買部個人別元帳二綴(同五、六)

29. 法人税申告書綴一綴(同七)

30. 定期相場表一綴(同八)

31. 一五期仕入先別買掛帳一綴(同九)

32. 得意先別売掛帳四綴(同一〇)

33. 手帳一冊(同一一)

34. 金銭出納帳一冊(同一二)

35. 補助簿一綴(同一三)

36. メモ一綴(同一四)

37. 仕入先別買掛帳一綴(同一五)

38. 得意先別売掛帳八綴(同一六、一七)

39. 中共小豆関係計算書(同一八)

40. 法人税決定決議書(同一九)

(逋脱税額と青色申告書提出承認の取消の効果)

一、被告会社は、当時青色申告法人であつたが、昭和四三年一二月二〇日昭和四〇年五月期の事業年度に遡つて青色申告書提出の承認取消処分(以下青色申告の承認取消という)を受けた。そこで検察官は、貸倒引当金、価格変動準備金、商品取引責任準備金の繰入、繰戻処理を否認のうえ本件各逋脱所得を計算し、その結果、青色申告法人としての逋脱所得計算と対比し昭和四一年五月期一、七四二万一四〇円増、同四二年五月期八三一万二、六六一円減の逋脱所得を主張する。これに対し弁護人は、青色申告承認の取消に伴う右のような所得の加減は逋脱行為と因果関係はなく、しかし右増加分について被告人には逋脱の犯意がないから、これを逋脱税額の決定に影響させるべきではない旨を主張する。

二、青色申告法人が法人税を逋脱し後日これが発覚した場合、青色申告の承認が当該事業年度にまで遡つて取消されることがあり、その結果、当該法人は当該事業年度においても青色申告法人ではなかつたものすなわち青色申告法人に認められる税法上の種々の特典を享受できなかつたものとしてあらためて当該事業年度の所得計算が行われ税額が決定されることになる。(法人税法一二七条)

逋脱犯は、逋脱行為による租税債権の侵害すなわち国が収納すべき税額の全部または一部を納付しないことを本質とするものである。(なお、逋脱犯は法定納期限の経過によつて既遂となる。)ゆえに、逋脱犯の結果としての逋脱税額は、逋脱行為によつて侵害された租税債権額でなければならない。一般に、逋脱税額は、当該事業年度終了時までに存在した事実および適用税法に基いて計算される所得に従い客観的に確定している税額(正当税額)と申告税額との差額の範囲内で決定されるが、そうなるのは、右正当税額が逋脱行為による侵害可能な全租税債権額であるからである。しかるに、逋脱犯成立後青色申告の承認が取消される場合は、逋脱犯成立時において客観的に確定している右正当税額が後発的事情により増加しあるいは減少することになり、税法上はこれが当該事業年度の正当税額とされるのであるが、もしこの場合、逋脱税額も、取消後の正当税額と申告税額との差額の範囲内で決定されるべきものとすれば、これも同じように増減することになる。この関係を単純化して図示すれば次のとおりである。

増加例

1. 逋脱犯成立時の所得計算

〈省略〉

2. 青色申告承認取消後の所得計算

〈省略〉

3. 増差 10万円増加

1の場合 逋脱所得 50万円(総所得90万円)

2の場合 〃 60万円(〃100万円)

減少例

1. 逋脱犯成立時の所得計算

〈省略〉

2. 青色申告承認取消後の所得計算

〈省略〉

3. 増差 10万円減少

1の場合 逋脱所得 50万円(総所得110万円)

2の場合 〃 40万円(〃100万円)

しかし、右増加例から明らかなように、当該青色申告法人の申告義務違反部分は、収益一〇〇万円と経費五〇万円、その差五〇万円の所得であり、国の測からみれば、右五〇万円の申告がありさえすれば何らの損害も生じないのである。つまり、右増加例承認取消後の所得計算による増加分一〇万円に対応する税額は、当該法人の逋脱行為がなかつたならば徴収できないのに、これを基因(直接の取消事由は法人税法一二七項所定の事由)とする青色申告承認の取消の結果、徴収できることになつたものであつて、当該法人の逋脱行為によつて侵害された租税債権額ではないのである。ゆえに、逋脱税額の決定にあたり右取消後の所得計算を基礎とすれば、被侵害租税債権額でないものまでも、租税債権の侵害を本質とする逋脱犯の犯罪結果に含める矛盾を犯すことになる。

同様右減少例においては、逋脱犯成立時の逋脱所得五〇万円がその後において四〇万円に減少し、逋脱税額すなわち犯罪結果も同率で減少することになる。このような減少例は、準備金等の繰戻額が繰入額より多額の場合に生ずるものであり(判示第二の年度がこれにあたる)、したがつて、繰戻額と繰入額の差が犯罪成立時の逋脱所得と同額以上の場合には、承認取消後の所得計算によれば逋脱所得は零(逋脱税額も零)となり、「逋脱犯は一旦成立したが後発的事情で成立しなかつた」という奇妙な結論を導くことになる。(ちなみに、所得税法六三条によれば、居住者が事業を廃止した後において、これを継続していれば所得計算上必要経費とされる金額が発生した場合には、すでに経過した事業廃止年度またはその前年度の所得計算上これらを必要経費として算入し、所得計算をやり直すことになり、その結果、右年度の経過とともに客観的に確定している所得金額(および所得税額)が減少するのであるが、事業廃止年度において一〇〇万円の所得税逋脱犯が成立しているのに、その後における右規定の適用によつて、「犯罪結果としての逋脱税額が五〇万円に減少する」あるいは「逋脱犯は成立しなかつた」との結論は承認し得ないであろう。問題は全く同一である。)

右増減例によつて導かれる以上の帰結は、税法の特殊性をいかに考慮してみても、これを承認することはできない。よつて、青色申告承認の取消に伴う所得の増減はもつぱら租税行政面における問題であつて、逋脱犯の成否、逋脱結果の範囲には影響をおよぼさないと解さなければならない。

三、以上の次第で、検察官の前記主張は採用できず、本件各逋脱税額は青色申告の承認取消前の所得計算によるものとする。

なお、右計算の結果、昭和四二年五月期の所得額および法人税額は検察官の主張するものよりそれぞれ八三一万二六六一円、二九〇万九一〇〇円増加するに至つたが、本件においては、右に説明したとおり、検察官主張の所得額および税額の算出根拠となる事実そのものには何んらの変更を加えることなく、ただ主張されている事実の法的評価を異にする結果、総額が増加認定されているのであるから、右認定は訴因の拘束力に抵触するものではない。

(役員賞与および役員退職金)

弁護人は、被告会社が昭和四二年五月期において、取締役瀬清男に対し簿外で支給した賞与三〇万円および退職金二、三一六万一四四三円について、左賞与は同人の使用人たる地位に対するものであり、かつ両者は企業会計上損金たる性格のものであるから、これらに対応する税額は、不正行為によつて免れたことにならない旨主張する。

法人税法三五条によれば、役員賞与は損金に算入されず、使用人兼務役員に対しその使用人としての職務に対する賞与を支給する場合に、これを損金経理をしたときは相当金額の範囲で損金の額に算入されるに過ぎないが、瀬清男は被告会社の専務取締役で同法施行令七一条により右使用人兼務役員たり得ないものであるから、いずれにせよ右賞与を損金に算入することは許されない。

次に、同法三六条によれば、役員に対する退職給与は、損金経理をした場合に限り、相当金額の範囲内で損金の額に算入されるところ、被告会社は、昭和四二年三月、同人に対する退職給与中四六〇万円を公表で支給し、二三一六万一四四三円を簿外で支給したものであり、かかる場合、同条の趣旨に照らし右簿外支給分を損金の額に算入することは許されない。

よつて弁護人の主張はいずれも前提を欠き採用できない。

(重加算税と

弁護人は被告会社は昭和四三年一二月二七日本件昭和四一年五月期につき七〇四万五八〇〇円、同四二年五月期につき七八七万七四〇〇円の重加算税を科されているが、重加算税は、その実質において刑事上の処罰であるから、本件については憲法三九条後段の適用又は準用並びに刑事訴訟法三三七条一号を準用すべきものである旨主張するが、重加算税は、あくまで行政上の措置であつて刑罰ではないからこれのほかに刑罰を科しても憲法三九条後段に違反しないと解すべきである。よつて右主張は採用できない。

(法令の適用)

判示各事実につき

法人税法一五九条一、二項(被告会社につき更に同法一六四条一項)被告人につき各懲役刑選択併合罪加重につき

被告会社につき刑法四五条前段四八条二項

被告人につき 同法四五条前段四七条、一〇条(判示第二の罪の刑に加重)

執行猶予につき(被告人のみ)

刑法二五条一項

(裁判官 鈴木悦郎)

別表 一

修正損益計算書

株式会社 丸市商店

自 昭和40年6月1日

至 昭和41年5月31日

〈省略〉

〈省略〉

別紙 二

修正損益計算書

株式会社 丸市商店

自 昭和41年6月1日

至 昭和42年5月31日

〈省略〉

〈省略〉

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